
Filippino Lippi · PD
若者の肖像
作品情報
ストーリー
この若者が誰かは分かっていない。分かるのは、1480年代のフィレンツェで、裕福ではあるが飾り気のない身なりをした家の人間だということぐらいである。長く議論されてきたのはむしろ描き手のほうで、ボッティチェッリの名で通っていた時期のほうが長い。19世紀の終わり、鑑定家バーナード・ベレンソンは、ボッティチェッリともフィリッピーノとも決めかねる作品群のために、サンドロの友を意味する「アミーコ・ディ・サンドロ」という架空の画家を立て、この板もそこに入れられた。ベレンソン自身がのちにその人物を取り下げ、いまはフィリッピーノとする見方が優勢である。板はフィレンツェの画商バルディーニからリヒテンシュタイン侯家へ渡り、1937年にアンドルー・メロンがワシントンの国立美術館へ贈った一括に含まれていた。




