
オーストリアのエレオノーレ王妃
作品情報
ストーリー
1530年7月、オーストリアのエレオノーレはフランス王フランソワ1世と結婚しました。この結婚は、フランス王と彼女の弟である皇帝カール5世との和平の条件のひとつでした。二人は長年戦い、フランソワはスペインで1年間も捕虜になっていたのです。ヨース・ファン・クレーフェは、その2、3年後、フランス宮廷に滞在していたときに新しい王妃を描きました。
見てほしいのは、画中に描かれた手紙です。宛名はスペイン語で、「いとも篤きキリスト教徒にして強大なる王妃様、わが主人へ」といった意味です。「いとも篤きキリスト教徒」は古くからフランス王の称号でした。一方でスペイン語は、ポルトガル王マヌエルの未亡人として、そして弟の宮廷で、エレオノーレが長年暮らしてきた言葉でした。この小さな板絵がウィーンに来たのは1908年のことで、リーグニッツ、現在のポーランドのレグニツァにあったミヌトーリ・コレクションから購入されました。




