
Wassily Kandinsky · PD
光線
作品情報
ストーリー
1925年、バウハウスはヴァイマールを追われてデッサウへ移る。カンディンスキーも一緒に移り、グロピウスが設計した教員住宅の、隣の棟にはパウル・クレーが住んでいた。二人は庭を挟んで行き来しながら、それぞれの授業を組み立てていた。1926年、60歳になった彼は理論書『点と線から面へ』を出す。点が動いて線になり、線が張り合って面をつくるという、教室でそのまま教えていた順序である。1927年のこの絵も、その語彙で描かれている。タイトルにある光線も、彼にとっては方向と緊張をもった線の一種だった。デッサウで彼が受け持っていたのは色彩の授業と、机の上に組んだ静物を線の力に還元させる分析的デッサンの演習である。




