
聖フィリッポ・ベニーツィ
作品情報
ストーリー
この修道士は長いあいだ、別人の名で呼ばれてきました。アウグスティノ会の修道士だったトレンティーノの聖ニコラウスと考えられ、古い額縁にはいまもその名を記した札がついています。美術館は現在、この人物を、13世紀に聖母マリアの下僕会、いわゆるセルヴィ会を率いたフィレンツェ出身のフィリッポ・ベニーツィとしています。
1953年、美術史家フェデリコ・ゼーリはこれをペルジーノの作とし、フィレンツェのサンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂の大きな主祭壇画の一部だと見抜きました。セルヴィ会自身の聖堂で、ペルジーノは1505年から1507年にかけてこの祭壇画に取り組んでいます。当時フィリッポはまだ聖人ではなく、列聖は1671年のことでした。セルヴィ会は15世紀後半から自分たちの修道会の福者を広めようとしており、彼を主祭壇に描かせたのもその一環でした。
手に開いた本には、詩編のラテン語の一節「私はあなたの僕、あなたのはしための子です」が書かれています。1546年、祭壇画の改装の際に板絵は移され、下の部分を切り詰められましたが、1654年に全体が解体されるまで聖堂に残っていました。1892年、トルローニア・コレクションの寄贈によって国のものとなりました。




