
サン・バルテルミの虐殺の一場面
作品情報
ストーリー
1572年8月24日、パリでプロテスタントの殺戮が始まったとき、ブルボン家の若い王子たちは王家の血筋ゆえに命を助けられ、死んでいったのは彼らに仕える男たちだった。この絵の正式な題名は、その一人の名を挙げている。コンティ公の傅役、つまり教育係であり後見人でもあったブリウである。公フランソワ・ド・ブルボンはその夏14歳で、三年前に戦死したユグノーの指導者ルイ・ド・コンデの息子だった。ジョゼフ=ニコラ・ロベール=フルーリーは虐殺の全景を描かず、一つの家のなかの、この一つの殺害だけを選んだ。彼は1833年の年記と署名を入れ、同じ年のパリのサロンに出品し、絵はそこで国家に買い上げられた。