
Giulio Romano · PD
自画像
作品情報
ストーリー
1540年ごろ、この肖像の主はもはや一介の画家というより、マントヴァ宮廷の造営と美術を束ねる責任者だった。ラファエロの愛弟子にして後継者だったジュリオ・ロマーノは、ローマを離れてマントヴァのゴンザーガ家に仕え、パラッツォ・テを建て、市内の教会や街路を造り替えた。この肖像は油彩ではなく色チョーク、すなわちパステルで描かれており、当時のイタリアではまだ珍しい技法だった。紙は後にフラーヴィオ・キージ枢機卿の手に渡り、1675年にメディチ家へ入って、ウフィツィの自画像コレクションに加わった。ジュリオはこの素描の数年後、1546年にマントヴァで世を去った。ヴァザーリによれば、ゴンザーガ家が絶えず課す仕事量に疲れ果てての死だった。




