
Pieter de Hooch · PD
宿屋の女将に代金を払う兵士
作品情報
ストーリー
1658年、デ・ホーホはデルフトに暮らし、のちに代表作と呼ばれることになる室内画や中庭の絵を次々に仕上げていた。この宿屋の場面も同じ年のもので、兵士が女主人に金を渡す一瞬が、戸口の奥から届く光の中に置かれている。
絵の行き先が決まったのは、それから113年後のアムステルダムだった。1771年7月31日、大コレクターだったヘリット・ブラームカンプの遺品の競売が開かれ、2万人が詰めかけたと伝えられる。ロシアの女帝エカチェリーナ2世の代理人は、そこで12点あまりを競り落としている。その積荷を載せた船フロウ・マリア号は9月にサンクトペテルブルクへ向けて出航し、10月にフィンランド沖の嵐で沈んだ。
同じ競売でこの一枚を買ったのは画商ピーテル・フーケで、依頼主はビュート伯爵3世だった。絵は北へ運ばれ、以来スコットランド西岸のビュート島にあるマウント・スチュアートの館に伝わっている。




