
帆走するオランダ艦隊
作品情報
ストーリー
1674年7月27日、アムステルダムの出版業者ピーテル・ブラウが、ファン・デ・フェルデの絵が仕上がったとフィレンツェへ書き送った。ブラウはメディチ家の枢機卿レオポルドのためにオランダで絵を買っていた人物で、言い値400フローリンを325まで下げて手に入れている。12月には南へ発送したと報せた。枢機卿が1675年3月に亡くなると、ピッティ宮三階の居室の目録に、209番、「サテュロスの間」と呼ばれた部屋に掛かるものとして記録された。額縁は同じ年にジュゼッペ・ロッシンローティが作った黒塗りのものである。技法はペン画で、白く下地を塗ったカンヴァスに黒インクで、索具の一本ずつまで描いてある。船名にはハウデン・レーウ、フレイヘイト、そして遠くにデ・ロイテルの旗艦ゼーヴェン・プロヴィンシエンが挙がる。



