
Dudva · CC0
ローマのフランス・アカデミーの噴水盤
作品情報
ストーリー
1803年、ナポレオンの政府はローマのフランス・アカデミーをピンチョの丘のヴィラ・メディチに移した。ローマ賞をとった若い画家たちがそこで数年を過ごし、庭のテラスからの眺めを代わる代わる描くようになる。手前に石の水盤、木立の切れ目の向こうにサン・ピエトロ大聖堂の円蓋が乗る眺めだ。
コローがこの水盤を描いたのは1820年代の後半、最初のイタリア滞在のときだった。ローマ賞とは関わりなく、自分の費用でローマに来ていた画家である。同じ眺めを彼は何度も手がけていて、ダブリンとランスの美術館に一点ずつ、ルーヴルには鉛筆の素描が残っている。
ボーヴェのオワーズ県立美術館にあるこの一枚は、横38.5センチ、縦25.3センチ。屋外で一気に描かれた習作に見えるが、美術館はおそらくアトリエで仕上げられたものとみている。




