
無原罪の聖母
作品情報
ストーリー
1640年代のナポリはマドリードから統治されていた。スペインは無原罪の御宿りを自国の大義とし、マリアが原罪なしに宿されたと宣言するようローマに何年も迫っていた。ローマがそれを定めたのは1854年である。一方でスペインが決めたのは、この主題の見え方だった。セビーリャの画家フランシスコ・パチェーコは、異端審問所のために宗教画を検分する役も務め、白い衣に青いマントをまとい胸の前で手を合わせた若い娘、という型を書き残した。ナポリの画家たちはそれを受け入れている。カヴァッリーノがこの作を手がけたのは1640年代の後半で、正確な年は今も議論が分かれる。同じ構図の小さめの一点がナポリのカポディモンテにある。ブレラがこのカンヴァスを得たのは1955年、国の先買権を行使してのことだった。



