
Caravaggio · PD
キリストの捕縛
作品情報
ストーリー
1602年のローマで、カラヴァッジョは貴族チリアコ・マッテイの屋敷に出入りしていた。マッテイ家の出納簿には、1603年1月に〈キリストの捕縛〉の代金として125スクードを支払った記録が残っている。
絵は1802年にスコットランドの収集家ウィリアム・ハミルトン・ニズベットへ売られ、そこから所在がたどれなくなった。19世紀の目録ではオランダの画家ホントホルストの作として扱われ、20世紀の研究者たちにとっては、模写でしか知られない失われた作品だった。
1990年、ダブリンのイエズス会修道院の食堂で、アイルランド国立美術館の修復家セルジョ・ベネデッティが、煤で黒ずんだその絵を目にする。ローマの文書館でマッテイ家の帳簿を洗い直していた大学院生のフランチェスカ・カペレッティとラウラ・テスタが、絵の移動の記録を突き合わせて裏づけた。公表は1993年11月のことだ。
この絵をイエズス会に贈ったのは、1930年代にダブリンで小児科医をしていたマリー・リー=ウィルソンだった。作品は今もイエズス会の所有のまま、美術館に無期限で貸し出されている。




