
Juan Bautista Martínez del Mazo · PD
1647年のサラゴサの眺め
作品情報
ストーリー
1646年4月、パンプローナに滞在していたスペイン王太子バルタサール・カルロスは、画家マソにその町の景観を描かせた。その絵は失われ、記録と数点の模写しか残っていない。9月、一行がサラゴサに入ると、王太子は今度はこの町の眺めを注文し、縦九パルモ、横四バラ余りという寸法まで自分で指定した。およそ189×336センチ、実際の画布は181×331センチである。マソはエブロ川左岸、サン・ラサロ修道院の回廊から描いた。10月9日、王太子は天然痘で死去する。16歳だった。それでも国王は制作の続行を望み、マソは1647年にマドリードで仕上げた。画布右端には、注文主の追悼書を書いたアラゴンの年代記作者ウスタロスによるラテン語の銘が記されている。




