
Wassily Kandinsky · PD
ズボフスキー広場
作品情報
ストーリー
1914年8月に戦争が始まると、ミュンヘンに20年以上住んでいたカンディンスキーは敵国人の扱いになり、数日のうちに国境を越えた。その年の暮れにモスクワへ戻り、翌1915年のはじめから、ズーボフ広場にほど近い1913年建ての集合住宅の最上階、五部屋の住まいに落ち着く。
帰国してからの二年ほど、彼はほとんど油彩を描いていない。手がけたのは水彩とガラス絵で、しかもそこには昔の衣裳や民話の人物といった、目に見えるかたちが戻ってきていた。
40センチ四方ほどのこの画面は、その時期に窓の外を描いたモスクワの眺めの一つである。同じ窓からの眺めは他にも数点残っていて、いまはハーグとモスクワにある。彼がふたたびドイツへ発つのは、1921年の暮れだった。




