フランス・ポルビュス(子)

フランス・ポルビュス(子)

1569–1622 · ハプスブルク領ネーデルラント · マニエリスム, 肖像画


ストーリー

フランス・プルビュス(子)は、権力者の顔を描くことで生計を立てた。アントウェルペンの画家一家に生まれて修業し、はじめはブリュッセルからスペイン領ネーデルラントを治めていたハプスブルク家の大公たちに仕えた。そして1600年、マントヴァ公ヴィンチェンツォ・ゴンザーガが美術品を買い集めにネーデルラントを巡っていた折に彼と出会い、宮廷画家としてイタリアへ連れ帰った。

九年後、フィレンツェ生まれのフランス王妃マリー・ド・メディシスが彼をパリに招き、自らの公式肖像画家とした。彼はアンリ四世の宮廷で働き、1610年に王が暗殺されたのちは幼い王ルイ十三世に仕えた。得意としたのは全身の公式肖像で、高価な布地のなかにこわばって立つ人物を描き、レースの一本一本、宝石の一つ一つまで数え上げるように写した。

この冷ややかで正確、そして荘重な型は、その後一世代にわたってヨーロッパの宮廷が手本とする範型となった。1622年、彼はパリで、なお王妃の画家のままこの世を去った。

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作品

11点の作品