
ヤーコプ・ファン・カンペン
1596–1657 · ネーデルラント共和国 · オランダ・バロック建築
ストーリー
ヤーコプ・ファン・カンペンは何よりも、オランダ共和国にその最も壮麗な建物を与えた建築家として知られている。もっとも彼は画家として出発しており、だからこそその名がここで画家たちに並んでいる。
ハールレムの裕福な家に生まれた彼は、まず画家として修業し、イタリアに滞在して古代の遺跡や、古典主義の建築家パラーディオとスカモッツィの建物を学んだ。その後もかなり長く歴史画や肖像画を描き続け、のちにはハーグ郊外の王室の館にある記念の広間オラニエザールの絵画装飾を手がけた。
彼の真の記念碑は石でできている。ファン・カンペンは、煉瓦と階段状の破風で建ててきた国に、落ち着いた左右対称の古典様式をもたらし、1648年にはダム広場に面したアムステルダムの新しい市庁舎を設計した。当時ヨーロッパ最大の世俗建築であり、今日の王宮である。同時代の人々はこれを世界の八番目の不思議と呼んだ。彼はまたハーグのマウリッツハイスも設計した。この小ぶりな古典様式の邸宅には、今日フェルメールの《デルフトの眺望》が収められている。
