二代目 喜多川歌麿

1831 · 日本 · 浮世絵


ストーリー

美人画の大家、喜多川歌麿が1806年に世を去ったとき、彼が遺したもっとも値打ちのあるものは、その落款だったかもしれない。門人の一人が師の未亡人と結婚して工房を継ぎ、自分の美人画に「歌麿」の名で落款を入れはじめた。こうして何年ものあいだ、買い手たちは、その名の持ち主がすでに亡いにもかかわらず、新作を受け取りつづけた。

いまの蒐集家たちは、この二人目を二代目歌麿と呼び、その作品を主に年代で先代のものと切り分ける。1806年以降に歌麿と署された物は、みな彼のものだからだ。彼はこの名を1820年ごろまで保ち、師の筆法で描きながら、ついに師に並ぶことはなかった。のちに彼は、晩年の版画を「喜多川鉄五郎」と署した。

まことに影の薄い人物である。その没年さえ、疑問符つきの1831年としか記されておらず、その時期に歌麿の名で残された作の多くは、いまなお二つの手のあいだで整理されつつある。

すべてポケットの中に。アプリを入手。

作品

1点の作品