コルネイユ・ド・リヨンの工房
フランス王国 · フランス・ルネサンス
ストーリー
この項目は人物ではありません。ルーヴル美術館がいま小さな肖像画《ピエール・エムリック》に与えている「コルネイユ・ド・リヨンの工房」という表記を指しています。1534年にリヨンで描かれた作品です。この表記は、コルネイユの工房で、親方が助手とともに、あるいは助手が彼の様式で描いた絵であることを意味します。
研究者たちは以前から、この工房から生まれた肖像画を、名の知れない幾人かの手に振り分けてきました。そのひとり「1561年の画家」は、裏面に「Brontinus」という名が記された男性肖像を手がかりにしています。2023年、研究者カミーユ・ララスはルーヴル自身の学術誌で、この画家をジャン・ブロタンではないかと提案しました。国王フランソワ1世の妃エレオノール王妃が1533年にリヨンへ入市した際の装飾に六日間携わって報酬を受けたリヨンの画家で、その仕事ではコルネイユと並んで働いた可能性があります。
