
マスティフを連れた少年たち
作品情報
ストーリー
1869年、マドリードの王宮の地下室で、棒に巻きつけられたまま置き去りになっていた大判の油彩がまとめて見つかった。ゴヤがタペストリーのために描いた下絵の束で、この一枚もその中にあり、翌年プラド美術館へ移された。下絵とは、王立サンタ・バルバラ織物工場の職人が毛糸に写し取るための、仕上がりと同じ寸法の原画をいう。注文はアストゥリアス公夫妻、のちのカルロス4世とマリア・ルイサのためのもので、冬に狩りのため滞在するエル・パルド宮殿の食堂を飾る13点の連作だった。この絵は扉の上に据えられ、雄羊にまたがる少年を描いた一枚と対になる予定だった。その対の絵はいまシカゴ美術館にある。二人の少年が大きな犬を引いており、犬はどちらも口輪をつけている。首輪には擦れた銘があり、美術館はこれを王室付きを示す印と読んでいる。1788年12月にカルロス3世が没して注文は途切れ、タペストリーが掛けられることはなかった。




