
Francisco Goya · PD
「雄鶏亭」の喧嘩
作品情報
ストーリー
1777年、ゴヤはエル・パルド宮殿のアストゥリアス公夫妻の食堂を飾る綴織の、第二の組に取りかかっていた。この小さな画布は、宿屋の乱闘を描くための最初の案である。殴り合う男たちはそれぞれ別の地方の出で、めいめいの土地の衣装を着ており、中央で拳を振るう男はムルシアの者とされる。右手には賭け事の卓があり、亭主が金を集めている。脇からは役人が馬で、ピストルを抜いたまま近づいてくる。戸口の上には店の看板が下がっていて、この雄鶏が絵の題の由来だ。大きな下絵ではゴヤはその看板を消し、宿は「新しい宿屋」と呼ばれるようになった。習作のほうは早くにスペインを離れ、1867年にはフランスの文筆家シャルル・イリアルトの所蔵となっていた。スペイン政府が買い戻したのは2002年11月で、いまは自分が準備した大きな下絵の隣に掛かっている。




