
Wassily Kandinsky · PD
冷たい隔たり
作品情報
ストーリー
1932年8月、デッサウ市議会はバウハウスを9月末で閉鎖すると決議した。学校はベルリン郊外シュテーグリッツの、使われなくなった電話工場へ移る。暖房も足りない建物で、授業が続いたのは数か月だった。カンディンスキーがこの作品を描いたのは、その移転をはさんだ年である。大きさは42センチ四方ほど、支持体はキャンバスではなく厚紙で、油彩にテンペラとインクが重ねられている。ドイツ語の題は〈冷たい隔たり〉という。作品は長く妻ニーナの手元にあり、1980年に彼女が亡くなったあと、遺贈によって1981年にパリの国立近代美術館へ入った。2008年からはストラスブールの近現代美術館に長期貸与されている。




