
Piet Mondrian · PD
灰色の線のコンポジション
作品情報
ストーリー
1914年の夏、モンドリアンは病気の父を見舞うためパリからオランダへ帰り、戦争で国境が閉じて、そのまま五年ほど動けなくなった。その足止めの年月に、彼はファン・ドースブルフらと雑誌『デ・ステイル』を始める。1918年のこの一枚では、正方形のカンヴァスを45度傾け、角を上にして掛けている。ただし内側の線は一緒には回していない。灰色の格子は垂直と水平を保ったまま、菱形の縁で断ち切られる。画面は一辺84センチ余り、色はほとんど使われていない。モンドリアンがパリへ戻ったのは1919年で、この菱形の画面はその前に、オランダで生まれている。




