
死せるキリストへの哀悼
作品情報
ストーリー
アンドレア・ソラーリオがこの大きな《死せるキリストへの哀悼》を描いたのは1509年頃、フランスで仕事をしていた時期で、作品はその後ずっとフランスの持ち主のもとにあった。記録に残る最初の所有者は、ラングル司教でジヴリ枢機卿のクロード・ド・ロンウィである。1630年にはブルゴーニュのタンレー城にあり、シャボ家の所有だった。1642年以降は、マザラン枢機卿のもとで財務総監を務めたミシェル・パルティチェッリ・デムリの手に渡り、娘の家系を経て後のタンレー侯爵家に受け継がれた。1978年、一族が相続税の物納として国に納め、絵はルーヴルに入った。
聖母は息子の亡骸を膝に抱き、マグダラのマリアがその足もとにひざまずき、背後の丘には三本の十字架が立つ。絵具の層はいつの時点かで元の板から剥がされてカンヴァスに移され、そのカンヴァスが後にふたたび板に貼り付けられた。




