
Antonio da Correggio · PD
聖フランチェスコの聖母
作品情報
ストーリー
1514年8月30日、まだ若い画家が、故郷である北イタリアのコレッジョの町で、初めての大きな祭壇画の契約を結んだ。アントニオ・アッレグリは、この町の名からそのままコレッジョと呼ばれる。あまりに若かったため、契約には父と兄が立会人となり、その兄はたまたま、絵が納められる地元フランチェスコ会修道院の院長だった。画家の名にはっきりと結びつく最初の大作であり、彼を世に出した一枚である。聖フランチェスコは玉座の聖母の前にひざまずき、受けたと伝わるキリストの傷、聖痕を示す。その背後にパドヴァの聖アントニオ、聖カタリナ、洗礼者ヨハネが立つ。コレッジョは二十代半ばで、マントヴァやフェラーラの年長の画家たちの、まだ硬い手法で描いていた。彼の名を高める柔らかく輝く様式まで、まだ何年もある。




