
教皇ウルバヌス8世像
作品情報
ストーリー
1635年、この宮殿から市政を担っていた行政官、コンセルヴァトーリは、在位中の教皇ウルバヌス8世バルベリーニを等身大を超える大理石像で讃えることを決め、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニと2000スクードの報酬で契約しました。美術館はこの像をベルニーニとその助手たちの作としており、完成は1640年です。
像はもともとこの位置にあったわけではありません。教皇は最初、長い壁の中央、画家カヴァリエール・ダルピーノが描いたホラティウス兄弟とクリアティウス兄弟の決闘のフレスコ画と、トゥッルス・ホスティリウス王がウェイイとフィデナエの軍勢と戦う場面とのあいだに座していました。1798年、フランス軍がローマを占領していたさなかに、像は取り外されます。広間にあったもう一体の教皇像は、さらに悲惨な運命をたどりました。1580年代の教皇シクストゥス5世を表した、タッデオ・ランディーニ鋳造のブロンズ像は破壊されてしまったのです。1816年に修復を終えると、教皇ピウス7世はウルバヌスを新しい台座に載せ、広間の短い壁の側、かつてブロンズのシクストゥスが立っていた場所に据えさせました。