
Henri Matisse · PD
ニースの嵐
作品情報
ストーリー
マティスがニースに着いたのは1917年12月25日。気管支炎の療養のためで、プロムナード・デ・ザングレに面したホテル・ボー・リヴァージュに部屋を取った。ところがそこから一か月雨が降り続き、荷物をまとめて帰りかけたという。天気が変わったあと、この光を毎朝見られると分かったときは自分の幸運が信じられなかった、と後に語っている。結局、生涯この街を離れなかった。この嵐を描いたのは、同じ海岸通りの25番地にあるホテル・ド・ラ・メディテラネの窓からである。軍に最初のホテルを接収され、1918年の秋に移った先だった。移ろう天候はマティスにはめずらしい主題だった。セザンヌにならって動かないものを求めた画家で、ニースの冬の室内画やモデルたちのなかで、この波と椰子は例外にあたる。作品は1960年、妻アメリの遺贈で市の所蔵となった。




