
Gustave Courbet · PD
夕日、ヴヴェイ、スイス
作品情報
ストーリー
1873年2月、アメリカ・シンシナティの判事ジョージ・ホードリーは、ロンドンに住むアメリカ人の説教者で、クールベの友人でもあったモンキュア・コンウェイに、画家の作品を一点手に入れてほしいと頼みました。ホードリーはクールベの急進的な政治思想に共感していたのです。ところがその思想のために、画家は祖国を追われることになります。1871年のパリ・コミューンの際、蜂起した人々はナポレオンの戦勝を記念するヴァンドーム広場の円柱を引き倒し、コミューンの中心人物の一人だったクールベがその責任を問われました。六か月の服役の後、円柱の再建費用の支払いを命じられましたが、とても払える額ではありません。1873年7月、クールベはスイスへ逃れ、レマン湖畔の町ヴヴェイの近くに落ち着きました。1874年にアトリエを訪ねたコンウェイは、この湖の夕景を選び、近作について「力強いが、色調は暗い」と書き残しています。ホードリーはのちにオハイオ州知事となり、1887年にこの絵をシンシナティ美術館に寄贈しました。




