
キリストの磔刑
作品情報
ストーリー
右側の巻物には「Amor meus crucifixus est」、わが愛は十字架につけられた、と書かれている。これは殉教のためローマへ連行された初期の司教、アンティオキアのイグナティオスの手紙の言葉で、アムステルダム国立美術館のオランダ語の記録は、右に立つ二人の聖人をヨハネとイグナティオスとしている。ところが同じ美術館の別の記録は洗礼者ヨハネと、疑問符つきでアンブロシウスを挙げており、誰が立っているのかはまだ決まっていない。ほかの部分ははっきりしている。左にはマグダラのマリアと聖母が立ち、聖フランチェスコがひざまずいて十字架を抱き、二人の天使がキリストの血を杯で受けている。高さ50センチほどの小さな板絵で、1360年ごろに描かれた。アムステルダムでスイス人外科医オットー・ランツが持っていたころは、アーニョロ・ガッディの作とされていた。1941年、未亡人がヒトラーのリンツ美術館計画のためにこれを売り、戦後に取り戻された。


