
磔刑
作品情報
ストーリー
1387年から1388年にかけて、フィレンツェの人ベルナルド・ディ・チーノ・バルトリーニ・デイ・ノービリは、カマルドリ会のサンタ・マリア・デリ・アンジェリ修道院にある一族の礼拝堂のために祭壇画を注文した。天使と四人の立ち姿の聖人に囲まれた聖母子の主パネルは、当時この町で最も地位の確かな画家アーニョロ・ガッディが担当し、いまはベルリンにある。その下に並ぶ小さな場面の帯、プレデッラを任されたのは、まだその修道院に修道士として入っていなかった若い画家、のちのロレンツォ・モナコだった。この《磔刑》はその中央に置かれていた。丘は騎馬の男たちと兵士で埋め尽くされ、手前では聖母が聖女たちの腕の中に崩れ落ちている。同じプレデッラのほかの部分も残っており、《キリストの洗礼》はロンドンのナショナル・ギャラリーに、寄進者の妻ピエラ・デッリ・アルビッツィと四人の娘を描いた板絵は個人蔵となっている。




