
聖母の死
作品情報
ストーリー
東方教会が「生神女就寝」と呼ぶ場面を、西方の画家たちは聖母の死として描いてきた。使徒たちが寝台を囲み、マリアが息を引き取る。ここでもそうで、室内は教会堂の内部であり、ファン・エイク以来ネーデルラント絵画が得意としてきた、乾いた正確さで描き込まれている。
これは三翼祭壇画の中央部である。左右の翼、聖母の誕生と神殿奉献は、同じプラド美術館に別の目録番号で所蔵されている。
もとはブリュッセルの聖グデュラ参事会教会のために描かれた。カレル・ファン・マンデルは1604年の画家列伝で、これがスペインへ非常な高値で売られたと記している。フェリペ二世は1586年にこれをエル・エスコリアルへ送った。反乱諸州との戦争で王の軍隊がブリュッセルを奪い返した、その翌年のことである。
制作年を美術館は特定せず、1550年以前とだけ記す。左下にオレンジ色で書かれた1598という数字は、古い収蔵の印であって制作年ではない。

