
悲しみの聖母
作品情報
ストーリー
この聖母は、教会の高いところ、十字架のかたわらで見られるために描かれました。対になる聖ヨハネとともに、三枚の別々の板からなる磔刑図の左右の人物だった可能性が高く、中央には十字架上のキリストがいたはずです。1926年にこの二枚を初めて発表した批評家リオネッロ・ヴェントゥーリは、聖母を左側、つまりキリストの右手に置きました。研究者たちはこの構成を、14世紀のヴェネツィアで広く行われていたビザンティン由来の習慣と結びつけています。聖週間のあいだ、こうした群像を身廊と内陣を隔てる仕切りの上に掲げたのです。手本としてよく挙げられるのは、パオロ・ヴェネツィアーノが1348年ごろから、ダルマチア海岸の町ラグーザ、現在のドゥブロヴニクのドミニコ会聖堂のために手がけた大きな磔刑像です。場面そのものは『ヨハネによる福音書』に基づき、死に臨むイエスが母と愛する弟子を互いに託します。美術館はこの二枚を1355年から1357年ごろの作とし、作者としてパオロとロレンツォ・ヴェネツィアーノの両方の名を挙げています。


