
Canaletto · PD
ピアツェッタとサン・マルコ湾
作品情報
ストーリー
カナレットは1730年代後半にこの景色を描き、厳密な一点透視でドゥカーレ宮殿を中心に画面を組み立てた。当時、この宮殿はまだヴェネツィア共和国の政治の中枢として機能しており、総督と評議会がここで会議を開いていた。アルテ・ピナコテークはこの絵を、正確さと情感を兼ね備えた円熟期の画風の好例と呼んでいる。それはヨーロッパ中の買い手が求めたヴェネツィアの姿だった。それから60年ほどで、描かれた国家は姿を消す。1797年5月、ナポレオン軍が本土に迫るなか、大評議会は自らの解散を議決し、最後の総督が退いた。この絵とその対作品は、のちに彫刻家アントニオ・カノーヴァの所有となる。共和国の臣民として生まれ、ヨーロッパで最も名高い彫刻家となった人物である。カノーヴァは1822年にヴェネツィアで亡くなり、バイエルン王ルートヴィヒ1世が1845年より前に、その遺産からこの二点を買い取った。




