
Wassily Kandinsky · PD
二つの正方形
作品情報
ストーリー
1930年8月1日、デッサウ市長はバウハウスの校長ハンネス・マイヤーを解任した。市が挙げた理由は共産主義的な策動というものだった。1922年からこの学校で教えていたカンディンスキーは解任を後押しした側にいて、後任にはミース・ファン・デル・ローエが就いている。この小品は同じ年のものだ。厚紙にテンペラで、高さは33センチほど。左上にピンクの正方形、右下にひとまわり小さい青の正方形が置かれている。カンディンスキーは自作に番号を振った手控えをつけており、板の裏には彼の字で「VK 30」と記されたまま残っている。パリに来たのは没後ずいぶん経ってからで、1981年、妻ニーナの遺贈によって収蔵された。額は彼自身が木で作って彩色したもので、いまもそのまま使われている。




