
聖母子と聖ヒエロニムス
作品情報
ストーリー
1920年3月、ボストンの収集家ウォルター・スコット・フィッツ夫人が画商デュヴィーン・ブラザーズからこの板絵を買ったとき、作者はペルージャの年長の画家フィオレンツォ・ディ・ロレンツォとされていました。当時は1470年代のウンブリアの小さな板絵が数多く彼の名で扱われており、そのうちいくつかがのちに若きピントゥリッキオの作とされました。この絵もそのひとつです。美術館は制作を1475年から1480年頃としています。
デュヴィーンの前はトリエステの収集家が持ち、さらにその前はナルニ近郊の小さな町サン・ジェミニの町長ジュゼッペ・バケトーニのものでした。仲介者は、枢機卿だった一族の者を通じてヴァチカンから出た絵だという話を伝えましたが、美術館の記録はそれを推測にすぎないとしています。聖母の後ろには枢機卿の赤い帽子をかぶった聖ヒエロニムスが立ち、幼子は透けるようなヴェールを手にしています。聖母のマントはいまではほとんど黒に見えます。もとは鮮やかな青で、ほかはきわめて良好な状態のこの板絵で、暗くなったのはその部分だけです。




