
Camille Pissarro · PD
洗濯物を干す女、エラニー
作品情報
ストーリー
1884年、ピサロはパリの北西、ジゾール近くのエラニー=シュル=エプト村に家を借りた。以後、亡くなるまでこの村で描き続ける。洗濯物を干すこの女性も、家の裏手の日常の眺めである。
1887年のピサロは、スーラとシニャックの手法を50代半ばで取り入れ、色を小さな点に分けて置いていた。この描き方は時間がかかる。1870年代に追いかけていた移ろう空の効果には向かず、動かないもの、毎日繰り返されるものへと主題が移った。畑、菜園、干された洗濯物である。
長年の画商デュラン=リュエルは、この新しい画面を受け付けなかった。代わりに扱いはじめたのが、モンマルトル大通りのブソ・ヴァラドン商会を任されていたテオ・ファン・ゴッホで、ピサロとは同じ年に息子リュシアンを介して知り合っている。縦41センチの小さな画布で、1972年に遺贈としてオルセー美術館に収まった。




