
サンタ・マリア・アッスンタ・ア・スタッジャ
ポッジボンシ, イタリア
ストーリー
いまはポッジボンシの一部であるスタッジャは、フィレンツェとシエナが何世紀も奪い合った城を中心に育った町で、両方の都市がこの教区教会サンタ・マリア・アッスンタに美術品を送りました。なかでも最も重要な作品は、1460年頃にフィレンツェから届きます。フィレンツェで働いていたスタッジャ出身の公証人ビンド・グラッツィーニは、マグダラのマリアを深く崇敬していました。彼はこの教会に彼女に捧げる礼拝堂を設け、その祭壇画をフィレンツェの画家で金工家のアントニオ・デル・ポッライウォーロに注文しました。
板絵には、荒野のマグダラのマリアが四人の天使に持ち上げられ、五人目の天使が聖体を運んでくる姿が描かれています。この絵は時とともに忘れられ、1899年にフィレンツェの美術史家グイド・カロッチが再発見しました。その六年後、アメリカの鑑定家バーナード・ベレンソンが論文で紹介しています。
いまは教会の小さな宗教美術コレクション、ポッライウォーロ祭壇画美術館で展示され、フランチェスコ・ボッティチーニによる15世紀の「東方三博士の礼拝」や、シエナ周辺で描かれた14世紀の「聖母子」と並んでいます。
