
ウィリアム・エティ
1787–1849 · グレートブリテン及びアイルランド連合王国 · アカデミック美術, ロマン主義, 新古典主義
ストーリー
ウィリアム・エティは、人体をめぐって一つの経歴すべてを築いた。しかもそれは、人体を深く居心地悪く思っていた場所と時代、ヴィクトリア朝初期のイギリスでのことだった。ヨークのパン屋の息子である彼は、トマス・ローレンスのもとで、またロイヤル・アカデミーで学び、裸体を描くイギリスを代表する画家となった。聖書や神話の場面を、もっぱら肉体を描く機会として仕立て、彼が敬愛したティツィアーノやルーベンスのヴェネツィア風に、温かく豊かな色で描いた。
批評家の評価は割れ、しばしば眉をひそめられた。彼はわいせつだと、不健全な執着だと非難されたが、本人は人体を神の最も見事な作品として讃えるのが目的だと言い張った。60代に入り、正会員になってからもなお、彼は学生たちに交じってアカデミーの写生教室にモデルを描きに現れ続け、学ぶことをやめようとしなかった。
晩年、彼は心の上では一度も離れたことのない街、ヨークへ戻った。中世の城壁を取り壊しから救う運動に加わり、街の美術館に人材を送るデザイン学校の設立を後押しした。その美術館には今、彼の絵の大きな一群が掛けられている。彼はそこで1849年に没した。前の年にロンドンで開かれた大回顧展が、ようやく彼に敬意をもたらしたばかりだった。









