
教父祭壇画
作品情報
ストーリー
1805年、プレスブルクの和約によってチロルはバイエルン領となりました。二年後、バイエルンはチロルの修道院を廃止し、ブリクセン近郊ノイシュティフトのアウグスチノ会の修道参事会もその一つでした。この祭壇画は、おそらく修道院長レオンハルト・パッハーの注文でそこのために描かれたもので、1812年に没収された教会財産としてミュンヘンに運ばれました。
描かれているのは四大ラテン教父、ヒエロニムス、アウグスティヌス、グレゴリウス、アンブロシウスです。金色の葉飾りをつけたピンクのゴシック式天蓋の下に座り、脇の壁龕には灰色の小さな像が立っています。彫刻の祭壇、それも石の祭壇のように見えますが、すべてスイスマツの板に描かれた絵です。タイルの床は急な遠近法で手前へ傾いています。ヒエロニムスのライオンは後ろ向きで、血のにじむ前足を持ち上げています。グレゴリウスの隣では、王冠をかぶったほぼ裸の男が炎の中から身を起こしています。異教徒の皇帝トラヤヌスで、伝説ではグレゴリウスの祈りによって煉獄から救い出されました。
チロルは1814年にオーストリアへ戻り、修道参事会員たちも1816年にノイシュティフトへ帰りましたが、祭壇画はミュンヘンに残りました。





