
カリフォルニア州タホ湖
作品情報
ストーリー
ビアスタットがこの画布に1867年と記したとき、描かれた湖にはまだ定まった名前がありませんでした。カリフォルニアの地図では、1850年代の州知事ジョン・ビグラーにちなんでビグラー湖とされていましたが、南北戦争中に彼が南部に肩入れしたことで、この名は嫌われていました。多くの人が好んだのはタホという名で、湖畔に暮らしていた先住民ワショーの人々が湖を呼んだ言葉に由来します。
ビアスタットは1863年、初めてのカリフォルニア旅行の途中でここに立ち寄っており、同行した作家フィッツ・ヒュー・ラドローは旅行記のなかでタホ湖と書いています。ところが法律は逆の道をたどりました。1870年にカリフォルニア州議会はビグラー湖を正式名とし、ようやく1945年になって、新しい法律が「ビグラーとして知られる湖は今後タホ湖と呼ぶ」と定めたのです。
幅80センチに満たないこの画布は、ビアスタットが新妻とともに2年間のヨーロッパ滞在へ旅立った年のものです。左下に組み文字の署名と、略した年記「67」が入っています。




