
Bartolomé Esteban Murillo · PD
聖母子
作品情報
ストーリー
フィレンツェの収集にスペイン絵画が入ることはまれで、この一枚も回り道をしてきました。大公フェルディナンド3世・ディ・ロレーナが1822年より前に、フランドルのイーペルの修道院から手に入れたと考えられています。セビーリャの聖母子がどうやってそこまで届いたのかは分かっていません。描かれたのは1650年代の初め、ムリーリョが市内の教会や個人の家に聖母子像を次々と納めていた時期で、祭壇画よりも小ぶりで親しみやすい寸法です。美術館は、同じ主題の作のなかでも静かで記念碑性の薄いほうだと見ています。ピッティ宮殿では1828年からムリーリョの名で公開されてきました。場所は火星の間、1640年代にピエトロ・ダ・コルトーナがメディチ家のために描いた天井の下です。




