平和をもたらす軍神マルスとしてのナポレオン

平和をもたらす軍神マルスとしてのナポレオン


作品情報

制作年
1809
技法
ブロンズ
種類
彫刻

ストーリー

このブロンズ像がミラノに届いたのは1812年5月のことです。ナポレオンの継子でイタリア王国の副王だったウジェーヌ・ド・ボアルネが、1807年にカノーヴァの大理石像の複製として注文したもので、ローマの鋳造師フランチェスコとルイージのリゲッティ父子が、二度目の鋳造でようやく成功させました。

ところが、置き場所がなかなか決まりませんでした。宮殿の柱廊、元老院の中庭、古代美術の展示室と仮置きを転々とするうちにナポレオンが失脚し、ミラノは再びオーストリアの支配下に入ります。像はブレラのアカデミーの地下倉庫にしまい込まれました。

ふたたび姿を現したのは1859年8月14日です。その年の6月、フランスとサルデーニャの連合軍がオーストリア軍を破り、ナポレオンの甥にあたるナポレオン3世がミラノに入城していました。伯父の像がこの中庭の中央に据えられたのは、それから2か月後のことでした。

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