
エレオノーラ・ディ・トレドの肖像
作品情報
ストーリー
エレオノーラ・ディ・トレドは1539年、コジモ1世公のスペインからの花嫁としてフィレンツェにやって来て、嫁いだその都を変えた。川の向こうのピッティ宮殿を買ったのはエレオノーラで、この大きな館はのちにメディチ家の居所となり、やがてボーボリの名で呼ばれる庭園を抱えることになる。スペイン宮廷の作法と大きな財産を携え、コジモに多くの子を産み、こわばった錦の衣に身を包んでブロンズィーノの最も名高い肖像の一つに納まった。1562年、まだ五十に届かぬうちに、沼地の多い南方への旅で得たマラリアにより、二人の息子とともに世を去った。



