
教皇クレメンス7世の肖像
作品情報
ストーリー
この肖像が描かれた1567年ごろ、そこに写された人物はすでに没して30年以上が経っていました。クレメンス7世、本名ジュリオ・デ・メディチは一族から出た二人目の教皇で、その在位は教会史のなかでもとりわけ波乱に満ちたものでした。1527年には皇帝カール5世の軍勢がローマを略奪し、教皇を捕らえて幽閉します。またイングランド王ヘンリー8世が求めた婚姻の無効を拒んだのもこのクレメンスで、その拒絶がイングランドをローマとの決別へと押しやりました。この肖像は、コジモ1世公の宮廷画家ブロンズィーノの工房から生まれたもので、公は一族のために名高いメディチたちの肖像を集めていました。クレメンスの死から一世代のちに描かれたこの絵は、より古い彼の肖像に基づいて仕上げられています。




