
John Constable · PD
教会のポーチ、イースト・バーゴルト
作品情報
ストーリー
1810年、33歳のコンスタブルはこの絵をロイヤル・アカデミーに出した。暮らしはまだ父からの仕送りに支えられており、サフォークで製粉業を営むその父は、息子に家業を継がせたがっていた。描かれているのは生まれ育った村イースト・バーゴルトの教会の玄関で、画家自身はこの情景を、夏の午後の静けさ、それを破るのは墓石に腰かけた女と少女に話しかける老人の声だけだ、と言い表している。当時の教養ある観客なら、誰もが暗唱していたトマス・グレイの『墓畔の哀歌』の響きを聞き取ったはずである。この教会の教区牧師はデュランド・ラッドといい、コンスタブルが前の年から求婚していたマライア・ビックネルの祖父にあたった。ラッドは、収入のない画家に孫娘は養えないと考え、遺産から外すと言い渡している。それでも二人は1816年に結婚した。




