大きな最後の晩餐

大きな最後の晩餐


作品情報

制作年
1652
技法
カンヴァスに油彩
種類
絵画
寸法
158 × 233 cm

ストーリー

1643年、ポール=ロワイヤルを代表する神学者アントワーヌ・アルノーが『頻繁な聖体拝領について』を出版しました。聖体を受けるには心の深い準備が欠かせず、軽々しく拝領してはならない、という主張で、この本はフランスの教会に長い論争を巻き起こします。ポール=ロワイヤルはパリの南西にあった女子修道院で、1647年にはその共同体が「聖体会」を名乗るようになりました。シャンパーニュはこの修道院の教会の主祭壇のために、この《最後の晩餐》を描いたと考えられています。物語のなかから彼が選んだのは、修道女たちの信仰の中心にあった場面、キリストによる聖体の制定です。構図は、版画を通じて広まったラファエロの型を受け継ぎ、1618年からパリのサン=ルー教会の祭壇を飾っていたフランス・プールビュスの《最後の晩餐》にも、おそらく倣っています。プールビュスの作品も、いまはルーヴルにあります。ルーヴル自身は二つの年代を示しています。作品情報の見出しでは1662年頃、解説では1652年頃です。さらに、リヨンにあるひと回り大きな作品も、この祭壇のための絵として発表されたことがあります。その後の経緯ははっきりしています。絵は革命期に没収され、1793年にルーヴルが美術館として開館したとき、すでに展示されていました。

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