
聖母子
作品情報
ストーリー
この板絵について分かっていることは、ほとんどすべて絵そのものに書かれている。長いラテン語の銘文が、代金を払った人物の名を挙げる。バイエルン公エルンストに仕えた聖職者コロマン・レップフで、エルンストは当時パッサウ司教領を治めていた。レップフはこの絵を、天使がマリアに告げた挨拶をたたえる兄弟会の創立者、司祭ルートヴィヒ・フレシュルを記念して作らせ、自分自身のためにも捧げた。銘文は1522年という年で始まり、1531年で終わる。後者が美術館の付ける制作年である。アルトドルファーはその七年後に亡くなった。ウィーン美術史美術館は、色彩と人物の肉づけに、彼の晩年の様式の始まりを見ている。モノグラムは右上の隅にある。何世紀ものち、この板絵はピサの個人コレクションに現れ、1875年にプレスブルク、今のブラチスラヴァの競売を経て、1922年にウィーンの美術館に入った。




