
Claude Monet · CC-BY-SA-4.0
プティット・クルーズの谷
作品情報
ストーリー
1892年3月、ボストンのセント・ボトルフ・クラブで、モネだけを取り上げたアメリカ初の展覧会が開かれました。当時の数え方によれば、この街にはすでに21点のモネがあり、この画布もそのひとつでした。持ち主はクララ・バートラム・キンボール。前の年の4月、ボストンのJ・イーストマン・チェイス画廊を通じて、モネの画商デュラン=リュエルのニューヨーク支店から買ったものです。描かれたのは1889年、フランス中部、プティット・クルーズ川の切り立った谷でした。ボストン美術館は、この絵の効果がどう組み立てられているかに目を向けています。色の層をいくつも重ね、大きな筆致のすぐ隣に、細かなタッチを無数に積んだ部分を置いているのです。クララは1920年に亡くなり、絵を夫のデイヴィッドに遺しました。三年後に夫も世を去ると、そのうち40点が妻をしのんで美術館に遺贈されました。遺言には、これらは彼女が築き、自分に遺したコレクションから出たものだと記されています。




