
Claude Monet · PD
睡蓮
作品情報
ストーリー
休戦の翌日にあたる1918年11月12日、モネは旧友でフランス首相のジョルジュ・クレマンソーに手紙を書き、仕上げかけの大きな睡蓮の画面二点を国家に贈りたいと申し出た。78歳の誕生日の二日前である。クレマンソーは六日後にジヴェルニーを訪ね、最初の選定をしている。この一枚も同じ1917年から1919年の仕事で、横二メートル、縦一メートル。当時のジヴェルニーは前線までおよそ50キロ、庭にいれば砲声が聞こえ、息子のミシェルは1915年に召集されていた。その戦時中にモネは家のそばへ大きなアトリエを建てさせ、大装飾画の巨大な画面をそこに広げている。岸も地平線もなく、あるのは水面と、その上の葉、そして映り込みとして届く草と空だけである。




