
Wassily Kandinsky · PD
黄色の伴奏
作品情報
ストーリー
1924年の二月から三月にかけて、カンディンスキーはワイマールのバウハウスでこの絵を描いた。ドイツの通貨が紙くずになった翌年で、国内に絵を買う客はほとんど残っていない。ちょうどその三月、彼はクレー、ファイニンガー、ヤウレンスキーと四人で「青の四人」という看板を作る。画家から画商に転じた旧知のガルカ・シャイヤーがアメリカ側の代理人となり、この名前で展覧会を組んで売り込むためだった。目論見は当たり、四人の絵は1925年からニューヨーク、シカゴ、カリフォルニアの各地を巡回していく。この一点も大西洋を渡り、ソロモン・R・グッゲンハイムが最初に築いたコレクションに加わった。




