
プサラ島の破壊の後
作品情報
ストーリー
プサラ島はエーゲ海東部の小さな島で、ギリシャ独立戦争には大きな船団を出していた。1824年6月21日、オスマン軍がこの島に上陸する。島民と、彼らがかくまっていた難民は殺されるか奴隷として売られるか、まだ浮いていた最後の舟へ追い立てられた。ギジスがこの出来事に取り組んだのは、それから70年以上のちのことである。1896年に描き始め、ギリシャが1897年の短い戦争に敗れていくあいだも手を入れ続けた。
逃亡の場面に彼が与えたのは難破の形で、兵士が始めたことを海が仕上げる構図になっている。舟は人でふさがれ喫水は深い。ギリシャの民族衣装をまとった人物が舟の中で立ち上がり、人々はイコンと旗を持ち出している。研究では、この画面はたいていジェリコーの「メデューズ号の筏」、1819年の作と並べて論じられる。
画布の幅は188センチ、画面はほとんど夜で、赤はごくわずかしか使われていない。同じ収蔵品には41×59センチの、はるかに小さい同主題の一点もあり、画家が何度もこの着想に取りかかった跡が残っている。




