
Andrea del Sarto · PD
慈愛
作品情報
ストーリー
1518年、フランソワ一世はイタリアの芸術家を宮廷に招き、フィレンツェ随一の画家の一人アンドレア・デル・サルトも海を渡った。この《慈愛》を描いたのはフランスでのことだ。三人の子どもに囲まれた女性は、与え、育てる徳の姿である。柔らかな肉づけと溶けあうような明暗の移ろいは、画家に「過ちなき人」という異名をもたらした。作品は王室コレクションに入り、のちのルーヴルの核の一つとなった。デル・サルトは早くも1519年にフィレンツェへ戻る。ヴァザーリによれば、王はのちに絵を買い付けるための金を託して彼をイタリアへ送り出したが、彼は二度と戻らなかったという。一方この《慈愛》は、いわばパリをほとんど離れたことがない。




